質的研究,量的研究,科学的な事例研究

 少しまえにレポートとして提出したものを公開しておこうと思う。質的研究と量的研究について考察したもの。昔からか抱く哲学については興味をもっていたので、それを合わせて書いてみた。

1.はじめに

 質的研究・量的研究は,研究課題に対して論証を行っていく方法論だと考えることができる。それぞれに質的研究であれば,インタビュー,参与観察など,量的研究では統計学を活用したグループデザイン,少数の事例からなるシングルケースデザインなど様々な方法がある。また,さらに議論となるのが,これらの方法を使用するには,いかに"科学的"であるかである。しかし,何が科学であるか,疑似科学なのかにはまだ明確な線引きはされていない。そのため,研究課題を解決していく中で,必ずしも絶対的な方法論は現在のところ存在していない。各方法論に基にある哲学的な考え方が必ずあり,そこを認識して使用しなければ間違った用法となってしまう。

2.演繹法帰納法

 科学であれ学問であれ,それらは論証(論理的に主張)する営みであり,それぞれに裏付けとなるものが必要である。論証を行っていく中で,使用されるものとして演繹法帰納法がある。この両者の関係は論証を行っていく中で重要となってくる(戸田山, 2002)。妥当な論証を行うには演繹法が必要となるが,科学的な方法を取るには仮説を生成するには帰納法が必要となる。演繹法は予め得られている情報から情報量は増えることがないが,論理的に妥当である。しかし,仮説を立てるためには現存するデータなどから帰納的に情報量を増やさねばならならず,そこには必ず妥当ではない論証が行われる(戸田山, 2005)。

3.科学的であるとはどういうことか

 一般的に科学とは量的研究のことを示す。心理学の研究方法の書籍を外観しても,質的研究に関して哲学的な記述がなされているものはあるが,量的研究がどのような哲学的なものがあるかは記述されていない(高野・岡, 2004; 渡辺, 2007)。ここにそもそもの量的研究と質的研究の認識の違い見られる。さて,何が科学的であるのかを知るためには,科学史と科学哲学の力を借りねばならない。科学哲学のなかで何が科学かを見極めるための方法として,反証主義なども提示されているが決定的ではなく(戸田山, 2005),パラダイム論などもあるがこれもまだ決定的ではない(伊勢田, 2003)。

4.量的研究とは

 量的研究は,主に「数値」を使う研究方法である。主に過去の自然科学から使用されてきたものであり,そこには論理学や数理論,数学とくに統計学パラダイムが大きく反映されている。言い換えれば,数学や統計学を使用した方法論が量的研究と言える。この方法論は人間科学だけではなく,多様な分野で使用されている方法論である。しかし,統計学が適用されているが,とくに推測統計学は確率論に基づいたものであり,完全な論証を行うものではなく,先に述べたように帰納法をそのパラダイムの中に含んでおり,原理的にエラー(Type I Error, Type II Error)を産出する恐れがある。統計学が使用される場合,データの要約を目的としての記述統計学の利用,確率論を使用した推測統計学の利用による有意差検定が用いられていることが多い。しかし,統計検定を使用するだけではなく,記述統計を主に使用しながら,少数事例のデータを記述することで,法則定立的な原理や理論を構築していく方法もある(シングルケースデザイン; Barlow & Hersen, 1984)。この方法はある対象者一人一人を記述することから,個性記述的(事例記述的)とも言える。ただ,時系列的に分析を行っていくのは,この方法だけではなく,多くのサンプルを使用した方法にも見られるものであり,シングルケースデザインのみの特徴ではない。

5.質的研究とは

 量的研究とは対照的に質的研究は,インタビューや参与観察によって得られた基本的に言語データを利用して,人や社会を記述しようとする試みだといえる。質的研究で使用されるデータには,日記や日誌,当事者の語りを記録した録音記録,その録音記録を文字に起こした資料,新聞・雑誌の記事あるいは伝記等の既に刊行されている二次的資料,フィールドノーツや観察記録,あるいはビデオ映像や楽曲などがある(佐藤, 2008)。また,量的データ(数値データ)との違いも強調されている。質的研究は言語を使用した研究であり,人独自に適用されるものである。そもそもの哲学的背景はポスト・モダニズムにはじまる社会的構成主義であり(Kvale, 1992),そのような哲学的な認識論の違いが量的研究とは異なる。だが,まだ質的研究が何かということに明確な答えはでていない。

6.量的研究と質的研究の比較

 量的研究の哲学的背景は,論理実証主義反証主義などが科学哲学の中で論じられてきていたことがもとになっており,主観的ではなく客観的に分析を行うための方法である(戸田山, 2005)。しかし,質的研究はそうではなく,そもそも主観的も客観的もなく,相対的に事象を(さらにいえば解釈学的に,現象学的に)分析しようとするもので,哲学的議論で対立する。そのため,単純に量的研究が法則定立的であり,質的研究が個性記述的であるとは分類できない。
 法則定立的なものが量的研究であり,個性記述的なものが質的であるといった見解もある。しかし,シングルケースデザインは量的研究でありながらも,個性記述的であるし,質的研究の全てが法則定立的なものではないといったことははっきりとは明言できない。しかし,数値データを取り扱うことが量的研究であると単純に結論づけることはできない。これらの二者を比較するためには,認識論まで遡って検討しなければならない。それぞれが持つ科学観は異なる。もとは論理実証主義の流れや自然科学の流れを受けた量的研究と,それでは表現できないという事柄を示すために,アンチテーゼとしてでてきた質的研究は社会構成主義の流れをくむものであり,一概に比較することはできない。確かに,実用主義的に両者のそれぞれの利点を活かして利用しようという混合研究法がないわけではないが(Cewawell & Plano Clark, 2007),この場合には量的か質的かといった議論ではなく,論証の妥当性の問題に還元することができる。このように考えると,量的・質的ともその方法論は違うもが,何かしらを論証するという行為においては共通するところである。さらに,量的研究は仮説検証型研究であり,質的研究は仮説生成型研究という分け方もされている(質的研究のさらなる検討は西條, 2007; 西條, 2008を参照)。1.7.科学的事例研究について次に科学的な事例研究であるが,これはつまり科学的な方法論を使用した事例研究とはなにか,科学とは何かという疑問と同じように考えることが可能なのであろうか。臨床心理学などの事例研究は,質的研究の一部に見られるように,対象となる事例の個別性や特殊性に焦点が当てられている。

7.では私たちはどうすればよいのか

では,私たちが何を求めて何を目的として研究するかを考えたとき,量的研究と質的研究のどちらの方法を取るのが最善な選択となるのであろうか。上記でも示したように混合研究法として両社の研究を"実用的"に使用して,研究を進める動きもある(Cewawell et al., 2007)。これははじめに記述したように,研究の課題を論証し立証していく過程に置いて,よりよい方法なのかもしれない。

引用文献

Barlow, D.H. & Hersen, M. (1984). Single Case Experimental Designs. PERGAMON BOOKS Ltd. 高木俊一郎・佐久間徹【監訳】. (1993). 一事例の実験デザインーケ-ススタディーの基本と応用-改版. 二瓶社.
Cewawell, J.W. & Plano Clark, V.L. (2007). Designing and Conducting: Mixed Methods Research. Sage Publications, Inc. 大谷順子【訳】. (2010). 人間科学のための混合研究法 質的・量的アプローチをつなぐ研究デザイン. 北大路書房.
伊勢田哲治. (2003). 疑似科学と科学の哲学. 名古屋大学出版会.
Kvale, S. (1992). Psychology and Postmodernism 1st Edition. Sage Publications. 永井務【監訳】. (2001). 心理学とポストモダニズム 社会構成主義ポストモダニズム. こうち書房.
西條剛央. (2007). ライブ講義・質的研究とは何か (SCQRMベーシック編). 新曜社.
西條剛央. (2008). ライブ講義・質的研究とは何か (SCQRMアドバンス編). 新曜社.
佐藤郁哉. (2008). 質的データ分析法―原理・方法・実践. 新曜社.
高野陽太郎・岡隆(編). (2004). 心理学研究法ー心を見つめる科学のまなざし. 有斐閣アルマ.
戸田山和久. (2002). 論文の教室. 日本放送出版協会.
戸田山和久. (2005). 科学哲学の冒険. 日本放送出版協会.
渡辺芳之. (2006). 不正行為と倫理. 新・心理学の基礎知識, 16-17. 有斐閣ブックス.
渡辺芳之(編). (2007). 朝倉心理学講座1心理学方法論. 朝倉書店.
米本昌平・松原洋子・臏島次郎・市野川容考. (2000). 優生学と人間社会 生命科学の世紀はどこへ向かうのか. 講談社現代新書.